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カリスマホスト咲夜涼~前編~10億を稼いだ男の波乱万丈人生!!

今からざっと10年前、ホストの襟足が長かった時代、ホスト密着ドキュメントにテレビがわいた夜王バブルがあった!!そんな時代の生き証人・カリスマホスト咲夜涼さんにインタビュー。現在は大阪ミナミの『ings(イングス)』でプロデューサー兼広報として活躍する咲夜さんのプレーヤー時代を前後編でお届けします!

「前編」では、メディア密着から、爆売れ、闘病…と、いろいろありすぎな怒涛のホスト一代記をプレイバック☆

(プロフィール)

咲夜涼(さくやりょう)
生年月日:1983年9月3日/血液型:A型/身長:178cm/出身地:大阪府/在籍店:ミナミ『ings(イングス)』プロデューサー兼広報/年間最高売上:1億6000万/月間最高売上:2,800万/座右の銘:「笑売繁盛、有言即実行」

第一章~野望編~

現在はミナミの『ings』(以下イングス)のプロデューサー兼広報ということですが、どんなお仕事なんですか?

広告の打ち出し方といったPRの戦略を立てたり、メディア関係の取材の対応をしたり、人材育成をしたりといった仕事をしています。大体毎日、午後2時くらいに出社してオフィスでデスクワークをして、夜はお店に顔を出すという感じです。

もう接客はされないんですか?

そんなことはないですよ。プレーヤーとしては第一線ではありませんけど、自分のお客さんが来店されたときは接客もしますし、お客さんに挨拶をして回ってちょっと席に着いて場を盛り上げたりなんてこともしています。営業日は大体毎日お店に顔を出しているので一声かけて頂ければご挨拶に伺いますよ。

まずは咲夜涼さんがホストになった経緯から話を伺いたいです。この世界に入ったのはおいくつのときですか?

18歳のときです。大阪の某Aというお店です。その前は広島を転々としながらサパーみたいなところで働いていました。地元は大阪なんですけど、中学出たあと家出して広島へ行ったんですよ。広島に親戚がいたのでまずはそこを足がかりに。

テレビで見た記憶によれば咲夜さんの生い立ちは結構大変。

そうそう、うち、むちゃくちゃだったんでね。物心ついた頃から両親は仲が悪くて、そのうち親父が借金作ってどっか行っちゃって。そんな環境がイヤでちょっとグレたりして家出したんですよね。それからはちゃんとホストクラブで働ける年齢になるのを待ちながら接客業をやってた感じですね。

ホストにはなるべくしてなったみたいな?

接客業が苦じゃなかったので向いてるだろうと思ったんですよね。自分はこの仕事ができるという確信というか。それで18歳になったからホストになろうみたいな。

ホストになって苦を感じたことは?

それがないんですよね。仕事上のことで悩んだり壁にぶつかったりってことはありますけど、ホストの仕事自体を苦に感じたことはないんです。

本当に向いてるんですね。ちなみに“咲夜涼”という名前の由来は?

大阪Aに入店したとき、Jさんというナンバーワンの方につけて頂いた名前です。当時大阪のホストには“咲夜”という名字の人と、“りょう”という名前の人が多かったんです。ベタな名前やったんですよね。それでベタとベタをくっつけてベタベタな名前で“咲夜涼”になりました。まあなんとはなしにつけてくれた感じですね(笑)。

第二章~成り上がり編~

大阪A時代の成績は?

今も現役で大阪Aにいらっしゃる伝説のホストJさんがずっとナンバーワンでした。僕は万年ナンバー2でしたね。ライバルはJさんだとずっと思っていました。

当時の売り上げはどのくらいですか?

二十歳の誕生月に1,000万の大台に乗ってからずっと、月1,000万切ったことなかったですね。大台に2万足りない月はあったけど(笑)。当時1,000万プレーヤーという概念はなかったですし、指名本数を数える制度もなかったんですけど、自分の中で月1000万というラインを設定して淡々と頑張っていました。

月1000万は最低ライン?

最低限クリアすべき目標として自分の中で設定していました。そのために日売りの最低目標を「4組10万」か「10組4万」に設定していました。単純に1,000万÷25日で1日40万。それをずっと続けていました。毎月最低でも1,000万いかないとJさんと肩を並べられないんで。結局Jさんには2回しか勝てなかったですけど。でも、初めて勝てたときはナゾの結果でしたね。売り上げが998万の月なんですよ(笑)。自分の売り上げがいつもより低い月だったからなんでやねんっていう(笑)。

その後、上京されますけど、1日40万の売り上げ設定はその後も?

上京してからもずっとです。自分のライバルはJさんだったので、そこしか見てなかったですね。

ちなみに年間最高売り上げは?

年間でいったら1億6000万がマックスですね。月間は2800万。プレーヤー人生の総売りはざっと10億というところかな。

その後、上京して歌舞伎町Aの代表に就任されますけどその経緯は?

最初、僕は大阪Aをやめて東京で挑戦しようと思っていたんですけど、それやったら「歌舞伎町にお店作るわ」って話になって。それで22歳になる年に上京して東京Aの代表やらせてもらいました。上京当時のことをいま考えたら恐ろしいですけどね。なんせ小6以来の東京だったんでほぼ初体験。歌舞伎町がどこにあるかも知らないまま世田谷区に部屋借りましたからね。タクシー6000円くらいかかる距離。山猿がいきなり歌舞伎町デビューしたもんだから、わけわかんなかったですよ。すぐ新宿に引っ越しました(笑)。

大阪のお客さんは持っていけないですから歌舞伎町ではゼロからのスタート?

そうですね。でも、大阪時代からメディアの密着取材が入っていて、東京進出の様子もずっと放映されていたので。そういう広告効果もあって東京Aはオープンからお客さんの入りはよかったんです。初日で1,000万いったんで。この頃はホストブームでしたから歌舞伎町全体で考えてもスーツ着てるだけで誰でも売れるみたいな時代だったと思います。東京進出して初めて同業づき合いというものも経験しました。5切り(ごぎり)で歌舞伎町のホストクラブ全部回りました。

5切りというと?

同業回りはシャンパンの白がついて5万円というルールがあるんですよ。料金的には本当はもっといくんですけど同業なんで5万円でいいよっていう。10切りやったらロゼのシャンパンなんですけど。当時、歌舞伎町のホストクラブは100店舗くらいだったのかな。全店舗挨拶に行かなと思って律儀に全部回って。

すべてのホストクラブを回るって大変…。

歌舞伎町のことを全くわからなかったっていうのもありますし、大阪から鳴り物入りで東京進出した新参者でしたから。本当はそんな全部行かなくてもいいのに(笑)。もちろんスタッフで手分けして行きましたけどね。主要なところをまずは回って、そこで「どこに挨拶行ったらいいですかね?」って聞いて、次はその店に行って、そこでまた聞いて…。逆わらしべ的に全部回ったっていう(笑)。

第三章~怒涛の歌舞伎編~

東京Aではナンバーワンだったんですか?

そのときは代表だったのでランキングはもう出ないんですよ。ナンバーは上がった状態だったので。ただ、ずっと大阪時代のJさんだけがライバルだったので日々の売り上げ設定はクリアしていました。それでも、当時は毎月1,000万売り上げるスタープレーヤーが東京Aにはたくさんいましたね。

歌舞伎時代の逸話で思い出すエピソードって何ですか?フェラーリ買ってもらったとかそういう。

物ではないんですけど24歳の頃かな。カンヌ映画祭にアジアのVIPとして招かれたことが思い出深いですね。ルイ13世をたくさん消費してくれるってことで、レミーマルタン社が協賛していたカンヌ映画祭に招待してくれたんです。飛行機もファーストクラスを用意してもらってプラザアテネに泊まって、映画際では羽織り袴でレッドカーペットも歩きました。

カンヌのレッドカーペットを歩いたホスト! ルイ13世はどのくらい消費してたんですか?

月に200本とか発注していたので、それで「この人たちはなんだ!?」と思ったみたいです。パイパー・エドシックレアというシャンパンがあるんですけど、その宣伝企画会議に出席して意見を求められたり、ルイ13世のボトルを作っているバカラの本社でボトルを作る工程を見せられたりなんてこともありました(笑)。

ボトルを作る工程を見せられるww 工場見学は特に望んで行ったわけではない?

工場見学というおもてなしを受けたという感じですね。向こうの人たちからしたら、毎月こんなに発注してくれるんだからよっぽどルイ13世が好きなんだろうと。それならボトルを作る工程が見れたらさぞ嬉しかろうみたいな(笑)。

当時テレビで見たんですけど、東京Aのホストたちで歌手デビューしてましたよね?

そうなんです。したんですよ(笑)。僕が23歳になる年かな。東京A、大阪Aのトップテンから選抜されたホストでユニットを組んでメジャーデビューするっていう。「ホストが歌手デビュー」その話題性だけのユニットでしたから。完全に店の広告塔的な活動ですよね。

そもそも芸能界に憧れは?

いや、全然!僕はホストがやりたかったんで。戸惑いのほうが大きかったです。あれよあれよという間にコトが進んでいって、やるからには全力出さなあかんなみたいな流れでした。歌手活動うんぬんよりも、そのことで出勤がままならなくなっていくことがしんどかったです。なんせ給料は店の売り上げなんで出勤できなくなれば収入に響いてくるので。芸能活動では給料が出るほど目覚ましい活躍はしていないし、思うように出勤はできないし、「うわあああ」って感じでした。もう地獄(笑)。

がんじがらめ(泣)。

代表なのに店のことに全力出せないもどかしさとかね。その頃、店が1部2部にわかれることになったんですけど、そしたら1部のコらが怒って独立するっていう大事件が起きて、あのときはほんまビックリしました。でもそりゃそうですよね。店が大変なときに、代表がダンスレッスンに励んでるんですから、なんだこの店はってなりますよね。未だに思い出すと胸が痛くなります。

しんどい芸能活動はいつまで続いたんですか? 

ホストユニットは2年契約でした。ほんまに悩み多き芸能活動時代。で、その活動がやっと終わって、よしこれからまたホスト一本で頑張れるぞと思った矢先に今度は闘病生活に入るっていう(笑)。僕の話、このへんからバツグンに暗くなりますけど大丈夫ですか? 怒涛の不幸ラッシュですよ!www

第四章~暗雲編~

闘病生活というと…?

C型肝炎やったんですよ。それまでもずっとキャリアだったんですけど知らなくて。治療しないとヤバイってことで、27歳の年末に「闘病します」と発表しましたね。それでインターフェロン治療を1年やって、おかげさまでC型肝炎は99.9%完治しました!

よかってです。そして晴れて現役復帰!

28歳のときに現場復帰するんですけど、それから数カ月後に東日本大震災がありまして。その余波を受けて代表を務めていた東京Aが閉店…。3月30日でしたね。震災の前からだいぶ危うくて、僕が復帰したあたりにはお店としてもうガタガタやって。そこに大震災があってトドメを刺された感じでしたね。それで地元に帰って古巣の大阪Aで代表を務めるんですけど、決心を固めて地元に戻ったというわけではなく、東京Aがなくなったから大阪に戻ったみたいな状況だったので、どこかで気持ちに踏ん切りがつかない部分もあったんです。大阪で代表やっている間も雑誌の撮影で毎月上京はしていて、そうすると行くたび苦しくなるんですよね。どうしてもやり残したことだらけな気がして。それで大阪Aの代表を1年務めたあとまた歌舞伎町に戻ってきたんです。

二度目の歌舞伎町ですね

それで歌舞伎町の某S店に移籍しました。で、その次の年にSからのフランチャイズでお店を出すんですけど、1周年とともに店がつぶれるっていう。プレーヤーとしての能力と経営者としての能力は全く別物なんだってことを身を持って知りました(笑)。その後も東京ではいろんなお店からお話が頂いたんですけど、心折れまくってたんで何も考えられなかったんですよね。それで大阪に帰る決心も固まって。

第五章~新たな道編~

大阪に戻ってきた咲夜さんですがその後?

それでよくよく考えました。経営の才能はないとしても、自分はこの先もずっとホストの世界には関わっていきたいと思っていたので。そこで何ができるのか。人の心をつかむといったホストとしての能力には自信があるし、代表として人をまとめてきた経験もあるので、そういったスキルを生かして、第一線のプレーヤーとはまた別の道はないかなと。

そこからのプロデューサー兼広報という現在のお仕事に?

そうですそうです。今のお店、イングスの方と話し合う中でその方向性が固まったんです。イングスは移籍店舗なんです。大阪のホスト業界的にも新しい試みをしている店なので、その点にも共感できたので盛り立てていきたいと思ったんですよね。

移籍店舗というのは?

移籍したいホストを受け入れるお店ってことです。こちらから積極的にアクションをかけるわけではないですけど移籍してくるのはウエルカムですよという。

ホストは自由に移籍できないんですか?

元いた店より大きい店に移ったら揉めることは少ないですし、歌舞伎町なんかはそういう風潮はだいぶなくなっていますけど。大阪は未だに移籍はタブーという意識が根強いので。タブーというか移籍という概念がこれまでなかったというか。今は少し自由化が進み始めたところですけどまだまだしがらみが強いです。その店をやめると行き場がなくなっちゃうホストが少なからずいるんです。でも、働くのは本人ですから職場選択も自由であるべきだと思うんですよね。お店をやめたあと、どこにも行けなくなってる人がいるならもったいないじゃないですか。イングスはそういうホストのコたちもどんどん受け入れていくし、待遇などで移籍を考えているコも受け入れますよというスタンスなんです。

イングスから移籍の自由化が広まっていく可能性も?

「移ってもいいんだ」という認識を広めたところで、うちの店が風穴を開けた部分は少なからずあると思います。歌舞伎町も経験している僕の実感として大阪は5年遅れているように感じるんです。歌舞伎町で流行ったものが5年経って定着しているなと。宣伝方法も歌舞伎町よりまだ全然大人しいです。街に大看板がドンと飾られていることもないですし、宣伝トラックが走ることもない。今はホスト個人のSNSが広告媒体という認識もありますが、やっぱり華やかさや刷り込みという部分で世間に広告を打ち出す意味は大いにあるので。PRの部分ももっと伸ばしていきたいんですよね。

ヤル気に満ち溢れてますね!

大阪と歌舞伎町、2つの街でプレーヤーをしてきたなかで、失敗も成功も経験いますし、テレビというメディアを大いに利用させてもらったホスト世代でもあるので、そこで得たものを何らかの形で還元していけたらいいなと。押し上げてくれる人たちがいたからこそ成り立ってきたホスト人生なので、今度は自分が貢献する番。若手のホストのコたちを押し上げる力になれたらと思っています。

◆◆「夜の偉人伝・咲夜涼」続く後編ではお客様の心の掴み方から距離の縮め方まで、ホスト界最強のコミュ力とうたわれたプレイヤーテクニックをとことんお披露目します◆◆

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