“日本のビバリーヒルズ”とも言われる渋谷区・松濤でワインバーを経営する齋藤 菜月さん。“お店のことを常に考えていたいから、ネイルもリップも赤なんです♪”と話す彼女の仕事愛や、独立して大変だったことなどをインタビューしました!(ちょこっとワインを飲みながら♡)
【後編はこちら】
靴、マナー、会話…愛され指数がUPしちゃう?今日からできるお作法|齋藤菜月・後編
ワインバーのオーナーさんとだけあって、やはりワインとの2ショット多め♡ 接客業という職業柄、自分磨きや美容にもこだわりがあるようです(後編でお届け♪)。前編の今回は“齋藤 菜月さんってどんな人なの?”を探るべく、彼女が経営する「Bar Saito」にお邪魔しました!
すごいボトルの数ですね。ぜんぶ齋藤さんのセレクトですか?
そうです。イタリアのワインが特に好きで、ワイナリーへ行くたびに仕入れてるんですよ。敷居は高くないけれど美味しいワインがグラス単位でも飲めるカジュアルなバーが作りたくて♪
ワイン好きが高じてワインバーを始めたんですね。
ワインだけほんっと好きなんですよね。全く飽きないですし、ワインだけはなぜかこだわりが強い。ブドウ畑を見て“かわいい♡”って思っちゃう。友達にはそんな女子いないよって言われます(笑)あと父がイタリアン好きっていう影響もあるかも。パスタを食べてワインを飲む父をずっと近くで見て育ったので。
ここ(渋谷)以外に、西麻布にも系列店が2店舗あるとか。
ここをオープンして2年目くらいかな? たまたま物件が空いたって紹介していただいてはじめたのが西麻布にある「N」というお店です。「N」と同じビル内に「PINPON by N」という卓球ができるバーもあります。サークルでお世話になった先輩と一緒にやっているのがこのバーです。
結構とんとん拍子!
そんなことないですよ。今だから言えますけど、最初は経営者として未熟過ぎて、毎日のように泣いてました(笑)家から出たくない日とかもあったかな。3年経ったぐらいにやっと私が理想とするバーになりましたね。独立したてのときは自分がオーナーだっていうのを誇りに思っていたので、周りに言いまくってたら逆になめられちゃって。なかなかお客さんが帰らなかったり、お店の外で出待ちされたり。
怖いですね…。
そのときから防犯カメラをつけたり、身の安全も考えはじめました。お客さんにも「応援してくれる常連さんを増やしなさい」ってアドバイスをいただいたりして。紳士的な常連さんが一人お店にいてくれたら、ちょっとマナーの悪いお客さんがいても協力してくれるじゃないですか。でもはじめはそういうことが上手くできなくて…。病んだらすぐ西麻布に飲みに行っちゃってたんで、お手伝いしてくれてた母にもすごく怒られて。“あたしの店なんだからほっといてよ”って反抗的になって実家も出ました(笑)
精神的に病んでた時期もあったんですね。
っていっても実家はすぐそこ(奥渋方面を指しながら)で、私のマンションもすぐそこなんですけどね(笑)
ちかっ(笑)
自力で引っ越しました(笑)コツコツと自分でダンボールを持っていったら終わりましたよ。とにかくお店を始めたときは大変でしたね。友達とも生活サイクルが合わないから気軽にご飯の約束もできないし、寂しかったですね。母にも「あなたは店と結婚したのよ」とか言われて(笑)もう自分のブランディングを変えなきゃと強く思って、そこからですね。徐々に良くなったのは。
どう自分を変えたんですか?
女として見られたいんじゃなくて人として見られたいんだよってもっとアピールしなきゃなって。ワインの情熱もあったから、イタリアのワイナリーにも積極的に行くようになりました。これとかは自分でオリジナルのワインを作って、ラベルもデザインしたんです。
自分にもっと自信をつけたかったですし、お客さんにも認めてもらおうと思って。そのときにがんばった結果、私の選ぶワインとお店の雰囲気が好きで来てくださるお客さんが増えましたね。
接客スタイルは特に変えなかったんですね。
ですね。じゃないとボロがでちゃうし、私自身もどこかで辛くなりそうだなって。応援してくれる人も多いから、分からないことは分からないって言うようにしてます。ワインに詳しい方は教えてくださるので、知ったかぶりしないほうがいいなって。ワインってその年代の気候や環境によって味が違うし、ちょっとやそっと調べたところじゃずっと飲まれている方には勝てないですし。
ちなみに齋藤さんが生まれた年のワインの仕上がりは??
1988年はね、結構良くてですね♡ ここにあったかなあ…(お店のワインセラーを見に行く齋藤さん)あぁ~…これは1998年だし無いなぁ。たぶん家にあるわ♡笑
隠し持ってるワインもあるんですね。笑
うっかり飲まれちゃいかんと思って♡ 1988年のワインはこないだお誕生日のときに飲ませてもらったんですけど、ラッキーなことにまだ熟成しそうだったんですよ。30歳を超えてちょっと落ち込んだんですけど、私もまだいけるんじゃないかって希望が見えてテンション上がりました♡笑 自分と同い年って思うと考え深いですね。
ワインは齋藤さんのパワースポットでもあるんですね。
ほんとそうですね(笑)元気がないときはコレ、元気なときはコレって気分によって飲み分けることもあるくらい好き♡
ところで、ワインバーを始める前は?
ギャルサーを作ったり、ポップティーンの読モをしたり。センター街にまだプリクラのメッカがあった時代ですね。友達と毎日のように居ました。車も好きでレースクイーンをしたこともあります。鈴鹿サーキットにも行けましたし、いい思い出ですね。特に夢がなかったので、いろんなことしてました。そしたらここの物件が空いて、実家も近いし安心かなと思って渋谷に決めました。
ちなみにギャルサー時代のプリクラとかありますか?(笑)
これです♡ “アイリス”という名前のサークルを作って代表をしていました。ギャルになりたい女の子を15人くらい集めてみんなで毎週ミーティングをしたり渋谷のアトムでイベントをやったり♪
めちゃくちゃギャル! 飲食店の基礎はどこで習得を?
知人の紹介で始めたバーのアルバイトです。結構スパルタで、暇なときは立ちっぱなしでグラス拭いてなさいって感じで。お酒の作り方とかも全部書いてあったので、そこで基礎を学びました。仕事は怠けず真面目にやる大切さを学びましたね。
あとはラウンジで働いたこともあります。座れるし楽しいし稼げるし。オーナーさんやお客さんもいい人たちが多くて、働けば働くほど得るものも大きくて勉強になりました。特にやりたいこともなかったので、ただ漠然とお金だけ貯めてましたね。
遊びたい盛りの時にお金を貯めるだなんて偉すぎます。
それにはきっかけがあって、私って結構なんでも信じちゃうタイプで。『歌手のスガシカオさんがラジオで“なにも夢がないときは、ただ貯金したほうがいい”って言ってたよ』って、友達から聞いたんです。私はスガシカオさんのファンでもなんでもないんですけど「へぇ~!」ってすんなり納得して(笑)バイト代は月に10万くらいだったと思うんですけど、ほとんどタンス貯金してましたね。
お店を始めるときの初期費用って、ぶっちゃけどのくらいですか?
お店の場所代で500万くらいだったかな。そのあともワインを仕入れたり、グラスとかワインセラーを買ったり。設備投資は結構かかりました。
スガシカオさんのおかげで「Bar saito」があるといっても過言ではないですね(笑)
もし会うことがあったらお礼を言いたい。ラジオかなんかで言っていたらしいんですけど、それを聞いてなかったら、たぶん貯金してなかったと思います(笑)
毎日お店のことを考えていると思うのですが、息がつまることはないんですか?
営業時間的に外は暗いしお店の空間も狭いし、ちょっと心が閉鎖的になるときもありますね。取り立ててすごく環境が変わることはないから、勝手に刺激不足になったり。
そういうときはどう解消するんですか?
年に2回イタリアに行くんですけど、それが唯一の癒やしですね。やっぱり趣味は大事にしたほうがいいと思います。私の場合は仕事と趣味がほぼ一緒なんですけど、イタリアのワイナリーを巡りながら現地の人との出会いを楽しむのが大好きなんですよね。
観光で行くような大きいワイナリーももちろん好きですし、年間で100本くらいしか生産していないような家族経営の小さい生産者さんのところにも行きます。そこのおじいちゃんがすごく素敵で…見た目は宮崎駿さんみたいで、もふもふの大きいワンちゃんを飼っているんです。ワイン愛が溢れているし、とても温かい…♡
ほっこりしますね♡ 今後もワインバーの店舗を増やしていく予定ですか?
展望としてはイタリアのワインを定期的に仕入れて、インポーターさんみたいなことがしたいですね。そのために近々、酒販免許を取ろうと思ってます。日本人ってすごく高級志向なので、1本何百万とかしても惜しまない方が多いし、そういうのをグラスやボトルで出すお店は沢山あって。それだと私の知識も資金も追いつかない。知ったかぶりもしたくないので、自分の足でワイナリーに行って見つけたワインを“美味しいから飲んでみて♪”ってスタイルでやりたい。宮崎駿さん似のおじいちゃんが作った美味しいワインをみんなに届けたいですね♡
とても気さくで話しやすく、温かい人柄が溢れる齋藤 菜月さん(ついつい長居してしまうお客さんの気持ちも分からなくない…♡)後編は彼女の美容法や心理学をヒントにしたという接客のこだわりをお伺いしました! お楽しみに♪
靴、マナー、会話…愛され指数がUPしちゃう?今日からできるお作法|齋藤菜月・後編
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