まいめろ先生の愛称でおなじみの『ファブリック新宿』のまいさんがメゾンドボーテ初登場! 1カ月目から売れっ子街道まっしぐらのまいめろ先生のキャバ嬢人生。実は売れっ子だからこそ陥ってしまった数々の修羅場が…! 起死回生までの道のり、そして人気店で勝ち残るまいめろ先生の強みまでたっぷりお伺いしました♡
ファブリック新宿のまいです。一応高級店だからお店ではまいにしてるんですけど、お店のお客様とか従業員とか女のコも「まいめろ」「めろ」「先生」って呼んでます。出勤は基本フル。週6います。
キャバクラは18歳から。そのとき埼玉でアパレルやってたんですけど、掛け持ちで働こうと思って。最初のお店は求人サイトで高収入で調べたら居酒屋として出てきたんです。それで行ってみたらまさかの怖い人のやってるお店で、「面接来たんだから帰れないよ? ナンバー1になるまで帰らせないよ?」みたいになっちゃって。本当かなと思って親に相談したら「自分でそういうの受けちゃったんだから知らないよ」って言われちゃって、責任とらなきゃと思って入らざるを得なかったっていう感じですね(笑)。
最初の1カ月目は、ナンバーどころか10万も売れなかった(笑)。本当に。
お客様一人もつかめなかった。お酒が全く飲めなかったんです。だから最初の1カ月は毎日自腹でシャンパンとかを買って、家で吐きながら飲んでお酒に強くなる月でした。でもそれで強くなりましたね。やっぱりお酒飲めないと面白くないじゃないですか、お客様も。
1カ月目で初めて歯医者さんのお客様をつかんで、そこから一気にお客様が増えましたね。やっぱりどこの地方でもそうだと思うんですけど、売上があるコって魅力的に感じるのか、売れてないコよりも売れてるコを指名したい人が多いみたい。
店のお客様はほとんど私目当てくらいに、もう全部つかんだ感じだった。自信もつきました。そのお店は1年くらいいて、売れ始めたらそのあとはずっとナンバー1でしたね。
その次は埼玉で一番のお店に行きました。今六本木にもあるLalahの本店が埼玉なんです。Lalahでナンバー1とったら都内でもやってけるって言われて、移りました。そこもいる間はずっとナンバー1で。
結局そのあと都内に行くんですけど、都内に行ったときにナンバー1にしてくれたお客様たちって、Lalahでつかんだお客様たちだったんですよね。だから都内に通用するくらいのお客様が当時からつかめてたから、Lalahでは最初の店とは桁違いに売上はあがりましたね。
Lalahにいたのは半年くらいで、太いお客様つかんですぐ都内行っちゃいました。
都内では最初は六本木に体入に行ったんですけど、ちょっと合わないなって。一週間くらいどうしよっかなって迷ってたんです。
そしたら担当の人に「たぶんお前は歌舞伎町のほうが合うよ」って言われて。その人が歌舞伎町のキングダムクイーンに行くから、「一緒に天下取ろうよ」って言われて一緒に入った感じです。なので都内での本入はキンクイから。そこでも2年半いる間、誰にも一回も抜かされたことなくて、ずっとナンバー1でした。
当時のお客様みんなにずっと言われてたのは、めちゃくちゃオラ営。とにかく怖いしか言われてない(笑)。でも太い人ばっかりだったし、逆に細い人いなかったです。
「数字あげてれば問題ないっしょ」っていうタイプだったから先輩にも敬語使わないし、一匹オオカミで「友達いらね」ってタイプだったんですよ。仲間なんて関係ないみたいな。もともとそんなに友達とかも作るタイプじゃなかったし。だからいまだに、昔怖かったってすごい言われますね。
キンクイでも当時ダントツの売上だったけど、そのせいもあっていろいろ恨まれて爆弾されまくっちゃって。住所教えられたりとか刺されたりとか。それで一時期夜をやめてました。
それで半年くらいプーしてたんですけど、ピンで看板で店やってくれないかっていう話が来て。それで再開することにしました。レグルスっていうお店です。
自分が看板でお店を持たせてもらうくらいだったんでそこも2年半くらいいたんですけど、そのときにも誰一人味方がいなくて、いじめみたいになってて。風紀してるってデマが流されたり、目の前でホスラブ書かれたり。見えてんのに!(笑)
そこで初めて、ここまでされるってことは自分にも非があるのかなと思って見つめ直すようになったんです。都内に来てからずっと孤独で、(一条)響しか友達いなかったんで(笑)。周りを見てて仲間っていいなと思ったりして。
だから、その時期に六本木のベネチアン(現在のベネ東京)に移籍したんですけど、そこから意識して自分を変えました。化粧とかもだいぶ変えて、敬語も使うようになりました。
なるべくよく笑うようにもして。これまではツンとしてるキャラであまり笑わない子だったんで。
今では席についたらしょっぱなから酔っ払ってずっと笑ってるようにっていうのと、とにかく間が出来ないようにたくさんしゃべるようにしてみんなを明るくするように意識してます。
本当に丸くなりましたね。だから今は逆に敵、いないと思います。今でも私のこと嫌いな人は、たぶん昔のイメージしか知らないんじゃないかな。
ファブリックって人数かなり多いじゃないですか。だからついた瞬間お客様に言うんですよ、「ファブリックみんなかわいいからもうちょっと見なよ。でも私より面白いやついないよ?」って。それは場内指名で「いてよ」って言われても。自分で顔では勝てないってわかってるから(笑)。
でもその分、絶対その場では誰よりもお酒飲んで誰よりも盛り上げようって意識してる。だからやっぱり、ついてくるお客様は内面から気に入ってくれる根強いファンみたいな人が多い。新宿だったら私、みたいな人のほうが多いですね。ほかの店でも指名してるって人が少ないかもしれない。いろんなお店に指名がいる人って、ルックス重視で面白さ求めてないんじゃないかな。そういう人は逆につかめないかも。
面白さや内面を気に入ってくれてるからこそ枕とか色恋とか求められないし、アフターがないんですよ。行きたくても誘われないし(笑)。ずっとないです。
「どうやってアフター断ってるんですか?」って結構相談されるんですけど、まず誘われない。しないイメージがついてるのかな。だから営業後は毎日友達とご飯行くか、飲み行くかみたいな感じです。
年も年なんでこの仕事もそんなにもう長くは続けられないと思ってるんですけど、今彼氏もいないんで、なんかあったときに支えてくれる人ができたら違うステップとかも考えたいですね。好きな人もいないんで、できたらいいなと思います。
私の場合キャバクラ長いしずっとやってるけど、例えばホストとかだったら短期間で売れて幹部になってっていう道も当たり前だけど、キャバクラってずっと売れてないといけないから終わりが見えなくて。ゴールがないからそれがちょっと辛いですね。持続するっていうのがすごく大変。
いつか田舎で居酒屋系のお店とかやりたいですね。お酒を出す仕事はしたいし、自分で自立しなきゃいけないから。このままだと結婚できないんで(笑)
キャバ嬢の光と闇を経験したからこその成長のお話は、人間関係に悩んでいる人にも参考になったのでは。ざっくばらんになんでもお話してくれたまいめろ先生、内面からのファンが多いというのもうなずけます!
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